研究者の不安 〜 藤原正彦「数学者の言葉では」より

学問と真面目に取組み始めた頃の青年には、三つの大きな不安があると思う。それらは、自分の能力に対する不安、自分のしていることの価値に対する不安、そして、自分の将来に関する不安である。

これら三大不安が始末に悪いのは、それが自分の意地、見栄、願望などと複雑に絡み合っていて、いくら悩みぬいても、自分を完全に納得させるような答がなかなか見出せないことにある。結局はいつどんな妥協をするかの問題になるが、楽観的な人ほど早期にかつ効果的な妥協をすることが出来る。悲観的な人は、これら不安の泥沼に足を取られ脱出不能になったり、そうでなくとも貴重な研究エネルギーの大半を浪費してしまい、苦境におちいる破目になる。楽観的であることの重要さはここにある。

私は研究者として働いていたので、この様な不安を感じる気持ちがよくわかります。世界のトップ研究者たちの論文を読んで劣等感を感じたり、本当にこんな研究が役に立つのだろうかとよく悩みました。

何かよい結果が出ればこのような不安も吹き飛ぶのでしょうが、研究は意味のある結果が出るまでに時間がかかることが多く、なかなか達成感を得ることが難しいものです。それに、研究は実世界とは隔絶された環境で行うことが多いため、自分の研究が実際に役立つかどうかが見えにくいところがあります。

多くの学者はこれら不安をどのように処理しているのだろう。彼らは、不安を抱きながらも、それをどうにか意識外に置くことにより、それと共存している。彼らは適度に現実主義的であって、三大不安に触れないで生きて行く術を心得ている。

この本で印象に残ったのは、世の学者たちは不安を克服するというよりは意識外に置く=忘れることで、不安と共存を図っているというところです。研究活動は毎回すばらしい結果に終わるとも限らないものですから、このような心構えが必要になるのだろうと思います。

考えてみると、このような不安のコントロールが必要だということは、新製品開発の終盤に思ったことと似ています。新製品の開発では終盤で難題が出てくることが多く、失敗するのではという不安にどうしても駆られます。自分だけでなく、周りの人たちも不安になっているのがわかります。そのようなときに、自分とチームの雰囲気を楽観的な方向に持っていき、やるべきことに集中させるという能力が本当に重要だと思いました。

数学者の言葉では (新潮文庫)

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